来 歴


帰郷


そうですか
その先は深い谷間になっていて
道はもうここまでというわけですね
それならこう迂回して
そらあのコブシの木の曲がり角から
向こう側のけはいを確かめてみましょうか
黙って確かめればそれでいいのです
父よ 私を生んだまぶしい自然よ
あなたがいつも先まわりして
幻の花いっぱい咲かせるから
私のはだかの未来は
樹木の細い梢が煙っているあたり
いうなれば
天の周辺をめがけて飛び上がるばかりです

そうなのです
あなたの真昼がみるみる閉じて
にじむような夕焼けが
世界を華やかな盲にしてしまってから
私は昔のことばを探しはじめたのです
あなたのあとをつけながら
今やっとここで
コブシの木の春に出会ったところなのです

父よ あなたが住む向こう側の谷になら
どんな道しるべも不用でしょうが
けれどどうか私には
あなたの無言ののどに落ちこんでいる
やさしいことばを貸してください
たとえば一日のはじまりの林道で
どこへとも聞きもせずに
どこへでもついてくる影法師のことば
たとえば心の夕暮の空から
ちかちかと私を刺しにくる青い星のことば
たとえばはるかな潮鳴りのようなことば
少しずつ近づいてくるときめきに似たもの

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